【感想】幸せになる勇気!私であることに価値がある。

幸せになる勇気 書評

この本は自己啓発の源流アドラーの教えについて書かれた嫌われる勇気の続編となっています。
この記事は嫌われる勇気を読んでいない方でも読みやすいように書きましたが嫌われる勇気を読んでみたいという方は下のリンクからご購入してください。

相手を尊敬する

本書ではアドラーの教えに感化され教師になった青年がアドラーの教えを実践し、失敗したため再び哲人のもとに訪れたところから始まります。

青年はアドラーの教えである”褒めない叱らない”を実践すると学級崩壊が起こったことを伝えました。

すると哲人は”それは生徒のことを尊敬していないからだ”と言います。

親子や組織などでもまずは教える立場の人が教えられる立場の人間を尊敬することが大事であると哲人は言います。




反発する青年をなだめ哲人はある言葉を紹介します。
それは” 尊敬とは 、人間の姿をありのままに見てその人が唯一無二の存在であることを知る能力のことである



目の前の他者(青年の場合は生徒)に干渉せずありのままのその人を認めるとその他者は大きな勇気を得ることができるのです。

具体的な方法:相手の関心に関心を持つ

尊敬=相手のありのままの状態を知るということがわかりました。


しかし相手のありのままの状態を知るにはどうしたら良いのでしょうか?


それは相手の関心に関心を持つことです。




本書ではエロ本を読みゲームをしている生徒に対しゲームを没収するのではなくエロ本・ゲームを一緒に楽しむ、すると生徒たちは尊敬されたと感じるでしょう。と述べられています。


ここで重要なのは子どもたちの遊びに付き合ってあげるのではなく一緒に楽しむことです。


過去は存在しない

世界史や日本史などの歴史は権力者によって都合よく改変されています。


あなたの頭の中での権力者は誰でしょうか?

それは今の自分です。

自分の歴史も世界史と同じです。
なので自分の過去という自分の歴史は今の自分という権力者によって都合よく改変されています。


問題行動の目的を5つに分ける

本書での例に従って問題行動を起こす生徒を例にします。


問題行動を起こす場合には目的があるとアドラー心理学では考えます。


問題行動第1段階:称賛の要求

称賛の欲求とは自分を褒めてくれという欲求です。
教師や親に対して従順さをアピールすることなどが例に挙げられますが彼らの目的は共同体の中で特権的な地位を得ることなので褒められなかった場合に急速に意欲を失うことになります


対処法は良いことをした時に注目するのではなく日常の小さな出来事に目を向けてその人の関心事に注目することが良いでしょう

問題行動第2段階:注目換気

注目換気とは褒められなくてもいいからとにかく目立ってやろうという欲求です。

授業中に騒いだり教師をからかったりなどしてクラス内の人気者になっていることも少なくありません。

消極的な生徒の場合は学力を低下させたり忘れ物をしたりしてできない子としての地位を得ようとします。


対処法は称賛の要求と同じで異質な行動をしたときに注目するのではなく普段の何気ない行動に意識を向けましょう


問題行動第3段階:権力争い

これは親や教師に対して挑発したりして万引や喫煙を行ったりします。
消極的な生徒の場合無視したり勉強をしなかったりします。


この場合の対処法は万引などの場合は法的処置を、それ以外の場合は相手の土俵から降りることが対処法となり得ます。

問題行動第4段階:復讐

第3段階の権力争いを挑んだにも関わらず負けてしまった生徒は一旦引き下がり復讐を始めます。


権力争いに負けた生徒は孤立していきます。
すると生徒は憎まれるという一点のみでもつながろうとします。


彼らは相手が嫌がることを繰り返します。


この場合の対処法は第三者に助けを求めるしかありません。なぜなら身内の人間が彼らを助けようとすればするほど彼らは復讐の機会が来たことを喜んで復讐をしてしまうからです。



問題行動第5段階:無能の証明

学級にも過程にも自分の居場所が見いだせない生徒は他人からの介入を迷惑だと思うようになります。しかし親や教師は介入を続ける。
すると生徒は自分が無能であることを証明しようとします。



この場合の対処法は専門家に頼るこです。
彼らは介入を嫌がっているため、親や教師が介入しても逆効果です。

罰がいけない理由

アドラー心理学では褒めること、叱ることを否定しています。


褒めることがいけない理由は褒められることが目的になってしまうことです。
では叱ることがいけない理由はなんなのでしょうか?


青年は生徒に対し叱ると一旦は静かになるがしばらくするとうるさくなることを述べた上でしばらくしてうるさくなってしまう理由は最初に叱らなかったことが原因であると言いました。




それに対し哲人は古株の教師がいつも怒っていることを根拠に叱ることが教育上有効ではないこと、生徒たちは怒られることを目的としていることを述べました。


さらに暴力とは最もコストの低いコミュニケーション手段であり生徒たちとコミュニケーションを撮ることを煩わしく感じた教師は叱るという暴力に走る。そうすると生徒たちは暴力的行為への恐怖感とは別にこの人は未熟な人間なのだという考えが無意識の内に働いてしまいます。

他人を自分の支配下に置きたがる人達

子供の周囲の大人たちは子どもたちを自立していない状態に置いておくために自立のリスク、苦労を吹き込みます。


それはなんのためか?



それは自分の支配下においておくためです。



親や教師は生徒や子達と縦の関係を結んでおり、生徒と対等な立場になることを恐れています。


更に子供が失敗したり他者に迷惑をかけた時、親は責任を問われます。
どうすれば責任を回避できるのか?
答えは簡単で子供を自分の支配下に置けばよいのです。
子どもたちに冒険を許さず無難な道を歩かせる。
全ては自らの保身のためです


普通でいい

人はその他大勢になることを嫌います。
他の人と違うことをして他者から認められたいという承認欲求を抱えています。
しかし承認には終わりがなく他者から承認してもらわないと喜びが得られないため、ゼンマイ仕掛けの操り人形状態です。



だからこそ自らが自分の価値を決定することが大事なのです。
自分自身の価値を自分自身で決定することを自立と呼びます。


普通であることの勇気を持ちわたしであることに価値を置きましょう。


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